2010年3月16日火曜日

JASSOの奨学金のおかげ

これは最後の大きな南山のレポートでした。南山大学の日本語のクラスと言うのは、何か書くような細かい宿題とか授業内の練習でした。授業中に話すのと単語や文法を習うことは一番大切な物だったと思います。漢字を学ぶこともあるけど、僕はあまり苦にならず、カードを作っていつもいつも時間があれば練習しました。やっぱり、好きになりましたね。

2008年9月、日本に初めて着きました。すぐ大学に行き、入学試験を受けて日本語の授業が決まりました。ある日、新しい友達と他のクラスを選んでいた時に先生がいらっしゃいました。「すみません、スティーブンズさんですね?」「ええ、私です。」「別の教室に行かないのですか。」「あのう、別の教室なら奨学金をもらった学生しか行かないと思いましたけど。」「ええ、それはそうですね。」「あいにく、もらいませんでした、、、。」「いえいえ。おめでとうという意味です。早く行きなさい。」

へえ?!友達の中では僕しかもらわなくて、一人で行って詳しいことを知りました。信じられなかった。アメリカで「残念ながら、この奨学金を供給出来ません」と書いてある手紙が届いたのに、やはり間違えでした。この時から、お金には心配する必要が無くなりました。学期が終わりに、レポートがあり、下のを書きました。最後の作文なので、使っている日本語は四ヶ月の成果を出せるように書きました。よろしく!

JASSOへ、

JASSOのおかげで、日本に居る頃はとても楽しかったです。奨学金を下さって、本当にありがとうございました。日本の生活で食べる事や通学などに困った事なく、勉強の時間は長く取らせて頂けました。それに週末とお休みの時に旅行をしたり、勉強の助けになる物を買ったり出来ました。そうして日本の習慣と生活と文化と言葉をよく習えました。アメリカのドルはだんだん安くなっているので、自分のアメリカの口座を使ったら、絶対に大変でした。日本に今まで三ヶ月住んでいて、凄く勉強出来て沢山友達が出来て、本当に日本に来て良かったです。実は、帰りたくないです。

初めてJASSOの奨学金の事が分かった時、私は全然信じられませんでした。先生が説明なさってから、お間違えになったと思ったけれど、、、。色々な旅行が出来ました。例えば、初めて東京に行けて、文化を勉強しました。名古屋に比べて東京の方が勿論込んでいます。名古屋より外国人が多いので、店で時々店員に日本語じゃなくて英語で話されました。そうして、名古屋弁はちょっと違うと思います。私は本当の名古屋弁はあまり使わなくてよく分からないけど、「ありがとう」の発音とかにアクセントは違います。京都市にも行けました。その方言の方がどうも違いますが、私には問題がなかったです。京都で沢山寺と神社を見に行って、その歴史を習う事は凄くいい経験でした。この奨学金をもらわなかったら、あの留学は絶対に無理でした。

電子辞書も買ってしまって、漢字を調べる為にとっても便利です。その辞書で習った漢字と単語は大切だから、私の日本語が上手に成りました。私は大体真面目な人ですが、JASSOの奨学金はやる気にさせてくれて、南山大学でよく頑張りました。日本語の授業の成績は90%以上で、先生も私がとても上手になったとお思いになっています。すぐアメリカに帰りますけど、日本語が大好きなので、自分で勉強を続ける積もりです。南山大学と JASSOのおかげで、私の準備は足りたと思います。卒業してから、また戻れるといいんですが。その時に、多分ジェットプログラムに入ります。

日本に来る前にこのような長い日本語のレポートを書けると思わなかったんです。でも、今なら私の出来る事に自信があります。どうもありがとうございました。

グレッグ・スティーブンズより
愚冷倶

どう思いますか。

(この日記はゆきんこさんのおかげです)

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